峰子さんは、ゆったりした体格のへこまない個性である。
やっと春になったが、さすがに88歳を超えると足腰に不安を抱えてきた。同居のご主人にも手が掛かるらしい。
近くに姉さんが一人で住んでいるが、一人暮らしが寂しいと、何かにつけ凹みがちで、食の細い、入れ歯の痛みを訴える、痩せた容貌である。時々、晩のおかずを差し入れにも行っているらしい。
「姉さんはガリガリの痩せ干しで、フラフラや。」と単刀直入に表現しながらも檄を入れてその生活の様子を気遣っている。
一昨年の春には、この二人を連れて、近所にも声掛けして5名でお花見に行ったという。
市役所に近い、城址公園は市民憩いの桜の名所であり、そこに行ったという。城址公園は石垣の上である。車馬乗り入れ禁止だ。あの坂を5人で上ったのだろうか、心配と興味半々で聞いてみた。
「そんなとこ 私達、登れましょかいな(登れるはずがありません)」
「大手門の下に公衆便所がありますやろ。そこの桜の下まで行って便所の横で花見しましたてん」
成程、石垣の下でストップし、便所ではあるけれど立派な桜が一本ある、そこでの老人5人の花見だったわけだ。 ゆっくりと楽しかったらしい。
その秋には、ぽっくりと「すっと姉が亡くなりましてな。」「直ぐでしたわ。」と報告を受けた。
「これで私も、主人の目配りだけで済みますわ。」
昨年の花見は、もうしなかった様である。
峰子さんも食事には気を付けていて、入れ歯を新調する時「蛤の吸い物が食べにくいので、宜しく頼みます」との注文を受けた。出来上がったのちその様子を聞いてみると「まあまあ、なんとか、なかなか噛み千切れませんなあ。」蛤は食べ辛い食材だ。「蛤の出汁だけ飲んでますわ。」
そんな会話の後、数日して魚屋さんが、蛤を届けてくれた。峰子さんからだという。お礼に電話を掛けた。
「春先で、魚屋が蛤持ってきたんで先生にもと思うてな。わざわざ電話してくれて。」
最近は、峰子さんはどうにも歩行がしづらく、お嫁さんが浮き添い送迎をしてくれている。歯医者の中までは入ってこない。
春が来て、便所と横の花見は無くなったが、蛤はうまく食べられないが、出汁はおいしく食しているらしい。